常設展示室


渡し場のある宿場 河戸のある町場
起宿模型 八百清 旅道具

 川は鉄道が発達するまで人や荷物の往来する動脈であった。
起の湊に集まった商品は、問屋をへて周辺の村々に売られ、村々の産物は起湊をへて全国に販売された。
町は商家や旅籠屋が軒をつらねていた、在郷町・湊町・宿場町としてにぎわい、終日、人の往来が絶えなかった。

象行列

 起宿は中山道の垂井宿から東海道熱田宿にいたる脇往還美濃路の一宿で江戸260年の間、将軍・大名・朝鮮通信使・琉球使節・伊能忠敬測量隊・将軍家献上の象・茶壷のほか公家・旗本等数多くの旅人が、この街道を往来し、何人かはここに泊まった。
起宿本陣に休泊した諸大名は大名の威厳を感じさせる。
1階御召舟 船橋

 江戸時代初頭以来渡し場には、定渡船2艘・置船・御召渡船各1艘、合計4艘が尾張藩御船手役所より預けられ、他に鵜飼船17艘、馬船14艘があって旅人を渡した。渡し場は対岸とともに起宿船庄家が管理し、船頭が20人がいた。

 多くの商品が湊に集まって荷あげされた。上流から瓦・から傘・薪炭・丸石・材木・紙など、下流から酢・醤油・酒・塩干物・かめなどが、さらに、この地域からは縞木綿・切干大根・米などが船積みされて諸国に送られた。
2階織物
 18世紀ごろから棧留縞(さんとめじま)・寛大寺縞(菅大臣縞)(かんだいじじま)、さらに結城縞(ゆうきじま)が織り出され、尾張縞の名のもとに全国に知られた。
明治に入ってから毛織物が試織され、やがて第一次世界大戦後ごろから、毛織物の日本最大の産地となっていった。
2階展示 農業

 この地方は、尾張平野の豊かな土地に恵まれ、豊富な農作物を産出してきた。
木曽川の流れは、農耕を営む人々に対して、時に厳しく、また時に、大きな恵みをもたらすものであった。
こういった自然の中ではぐくまれた数々の特産物のうち、伊吹おろしの寒風を利して作られた切干大根は、この地方の代表的農産物加工品として知られている。
あんなものこんなもの

 資料館に入るとロビーに展示ケースがあります。季節ごとにテーマをかえて、基本的には皆さんから寄贈していただいた館蔵資料を主に紹介しています。

 現在は「南極の石」を展示しております。
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