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石刀祭

開催予定:4月19日以降の最初の日曜日
会場:石刀神社(今伊勢町馬寄)

 関ヶ原の合戦の際、徳川氏が今伊勢町馬寄の石刀(いわと)神社境内に陣を敷いたため、社殿等が壊され石刀神社は一時荒廃しましたが、合戦の後、徳川氏の命により修復造営がなされました。石刀祭はその奉祝として山車(だし)献馬(けんば)を奉納したのが始まりとされています。
 現在、例祭の神事は毎年4月19日に行われ、これ以後の最初の日曜日に山車からくりと献馬が奉納されています。かつて山車は5両ありましたが、戦災によって2両が消失し、現在はいずれも市指定有形民俗文化財となっている大聖車(だいしょうしゃ)、中屋敷車、山之小路車(やまのしょうじしゃ)の3両がからくり奉納を行っています。
 山車の形式は、上層・中層・下層の3層からなっており、欄間(らんま)の装飾が異なるほかは同じような屋台の形式です。3両とも、中層前面に(さい)を持った人形(三番叟(さんばんそう)と称される)があって、下層は囃子(はやし)場、上層はからくり演出場となっています。からくりは、大聖車が「唐子(からこ)の綾渡り」、中屋敷車が「唐子の大車輪」、山之小路車が「蓮台(れんだい)倒立などの倒立芸」で、すべて離れからくりです。
 石刀祭当日、各町内から()き出された山車は、大聖車・中屋敷車・山之小路車の順に参道の所定の位置に置かれます。午後2時に献馬6頭が西大門に出揃い、3両の山車が同時にからくりを始めるころになると、参道は大勢の見物人で埋め尽くされます。2時半に献馬が境内へ参入すると、それに続いて山車が囃子に合わせてゆっくりと動きだし、境内へ入った山車は、3時半ごろから大聖車・中屋敷車・山之小路車の順にからくりを奉納します。笛太鼓の音も一際高く聞こえて、見守る人達の間から喚声があがります。5時半、「献馬吉田のかけぬき」で祭りは終了します。
 各地で共同体意識が薄れつつある現在、石刀祭は昔の面影を今に残す代表的な祭りと言うことができます。

石刀祭の様子