一宮市の主なできごと 旧・一宮市(昭和元年~29年)

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ページID 1002739  更新日 2022年1月15日 印刷 

昭和2年(1927)

 保育園を県社会事業協会に移管し、一宮共存園と改称
 一宮商業会議所を一宮商工会議所と改める
 下沼町に焼却場できる

昭和3年(1928)

 夜間常設消防隊設置

昭和4年(1929)

 市役所庁舎起工
 都市計画街路網を決める

昭和5年(1930)

 第2代市長に小島太左エ門氏就任
 市役所処務規程改め6課設置
 市庁舎竣工
 県営尾張染色試験場できる

昭和7年(1932)

 市営乗合自動車開業

昭和8年(1933)

 一宮音頭一宮まつり新作発表

昭和9年(1934)

 第3代市長に森林右エ門氏就任

昭和10年(1935)

 市処務規程を改め10課とす
 名古屋岐阜間電車開通
 用途地域の指定を受ける

昭和11年(1936)

 公益質屋を開く
 市診療所新築
 養老院新築開所
 下水道竣工
 一宮市歌とハッチヤエ節新作発表
 上水道給水開始

昭和12年(1937)

 上水道竣工
 木曽川橋竣工

昭和13年(1938)

 県立一宮商業学校できる

昭和14年(1939)

 一宮診療所の名称を一宮市立市民病院に改める
 一宮市史上下巻できる

昭和15年(1940)

 葉栗、西成両村を合併
 産業課を商工課と農務課に分離

昭和16年(1941)

 一宮女子商業学校できる

昭和17年(1942)

 第4代市長に吉田萬次氏就任
 振興課を新設、町内会係、貯蓄奨励係を置く

昭和18年(1943)

 防衛課を新設

昭和19年(1944)

 一宮市役所特設防護団つくる
 図書館など疎開

昭和20年(1945)

 戦災で市街地の大半を失い、り災戸数10,468戸、り災者41,027人(うち死者727人、重傷者4,187人)

昭和21年(1946)

 天皇陛下御巡幸される
 都市計画街路を廃止し、復興計画街路を決める
 今伊勢国保組合直営診療所開設

昭和22年(1947)

 第5代市長に伊藤一氏就任
 国民学校を小学校に改める
 新制中学校設立

昭和23年(1948)

 養老院再建一宮市に移管
 教育委員会できる

昭和24年(1949)

 伝達だより発刊
 市民病院新館開館
 愛市公債を発行、償還期限30年3月年利9分5厘
 保育所各所に設置計画

昭和25年(1950)

 九品地送球場、体育館、野球場できる
 第5回国民体育大会開かれる
 競輪場完成
 消防署落成
 愛市公債繰り上げ償還
 ダイヤル式電話となる

昭和26年(1951)

 伝達だよりを一宮広報と改める
 萩原町立萩原病院開設
 上本町こ線橋着工
 保育園の公共福祉事業協会への委託をやめる
 土地改良課新設
 一宮駅ビル完成

昭和27年(1952)

 国道22号の舗装進む
 市立産院竣工

昭和28年(1953)

 仲好寮、古金母子寮開設
 一宮市史西成編できる
 千間堀川用水開さく始まる
 真清田神社本殿上棟
 蘇東線バス化により廃線
 下水道第2期拡張計画なる

昭和29年(1954)

 県立一宮聾学校開校

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電話:0586-28-8951 ファクス:0586-73-9128
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