国際交流員 CIR

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ページID 1012173  更新日 2024年3月22日 印刷 

国際交流に関するさまざまな事務を担当する、国際交流員を紹介します。
イベントや学校訪問などで市民のみなさんとお会いする機会もたくさんありますので、見かけたら気軽に声をかけてください。

This page introduces the Coordinator for International Relations (CIR) here at Ichinomiya. You will often see them at events and schools promoting their country’s culture, so please don’t be afraid to say hello!

国際交流員の紹介動画

国際交流員について、動画で紹介します。

Chiara Scardellato スカルデッラート・キアーラ/イタリア (任期:2022年8月から現在)

キアーラ接写
スカルデッラート・キアーラ
イタリア・ヴェネト州出身
好きなアニメ:「銀魂」
好きな色:「ブルー」

私は1996年に北イタリアのヴェネト州のバッサーノ・デル・グラッパで生まれ、ピエーヴェ・デル・グラッパという小さい町でずっと育ちました。実は、父の生家はトレビーゾ市にあります。祖母と父はトレビーゾ市で生まれました。

中学校の頃から毎日学校が終わったらテレビで日本のアニメをずっと見ました。それから、日本に興味を持って大学では日本語の勉強をすることにしました。そのため、ヴェネツィア・カ・フォスカリ大学に入学しました。

この度来日するのは3回目です。1回目は高知県立大学に留学し、そこで3カ月間日本語の勉強をしました。2回目は明治大学の交換留学生として半年間日本の言語や芸術を勉強しました。

イタリアでは小学校の代用教員、つまり病欠者の代わりに授業をしていました。いろいろなクラスに授業して、多くの教科を教えました。例えば、数学や英語や自然科学などについて授業しました。

8月から一宮市の新しい国際交流員になって、日本人のイタリアに対する関心を深めることで、イタリアとの関係をもっと固めたいと思います。

これから、よろしくお願いいたします。

Alice Yang ヤング・アリス/ニュージーランド (任期:2021年11月から現在)

アリス
ニュージーランド オークランド出身
両親と兄の4人家族
好きな漫画家:CLAMP
観て泣いたアニメ:
「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」

 私の両親は両方とも中国出身で、兄を連れてニュージーランドに移住しました。その3年後にニュージーランドの北部にあるファンガレイで私は生まれ、兄の進学を機に私が12歳の時に家族全員でニュージーランドの最大都市オークランドに引っ越しました。今ではファンガレイより、オークランドに住んでいた時間の方が長いです。

 幼少期は、親が中国から持ってきたビデオテープを毎日観ていました。その中には中国語吹き替えの「らんま1/2」など、日本のアニメがありました。その時はまだ日本のアニメだと気付かず、アニメは面白い!と素直に思っていました。そして小学校高学年になり、中国旅行で買ったアニメのDVDが吹き替えではなくて、字幕版だったのです。「あれ?なに言っているか分からない…」と、当時中国語が読めなかった私は嘆きました。それじゃあ、日本語を精一杯勉強して、字幕関係なく分かるようになろう!と前向きに張り切った私はそれから中学、高校、大学、かれこれ10年以上日本語を勉強してきました。

 今回来日するのは4回目になります。1回目は高校の修学旅行で2週間日本中を回りました。2回目は大学の交換留学で早稲田大学で一年間日本語だけを勉強しました。3回目もまた交換留学で、立命館大学の大阪いばらきキャンパスで半年国際ビジネスを勉強しました(授業は英語で行われました)。そして今回、一宮市の国際交流員として初めて愛知県に来ました。

 ニュージーランドからの国際交流員は私で6人目になりますが、市民の皆さんにニュージーランドの多様性、革新的な思考など、更なる魅力を伝えられるよう頑張りたいと思います。

 街で見かけたら、気軽にアリス!と声をかけてください。これからよろしくお願いいたします。

ヴィニエラ・アレッシオ/イタリア (任期:2019年8月から現在2022年4月まで)

アレッシオ
イタリア・ミラノ出身。27歳、身長188cm。
趣味:読書、歴史、哲学、諺。
好きな小説家:薬丸 岳氏。好きな哲学者:カント
みんなに一言:いちばん だいすき 一宮

 私は1992年にイタリア共和国のミランで生まれ、ロンバルディア州のダルフォ・ボアーリオテルメという小さい町で育ちました。幼い時から、父が誇りにしていた日本の根付のコレクションを見ていて、その形や使い方が気になっていました。

 中学生の頃にはアニメや漫画の多彩な世界に引き込まれていて、「日本はどのような国かな。日本人はどのような人かな。」などと、日本の文化や言語についてもっと知りたくて仕方なくなりました。

 大学はベネチアの、カ・フォスカリ大学に進学することにしました。東日本大震災の一年後、初めて日本を訪れました。私も何かをしたいという思いで災害ボランティアとして活躍することにしました。初めて来日した大学2年生の時は日本語力がまったく足りない状態でしたが、ジェスチャーや笑顔でコミュニケーションをはかりました。家族や自分の家などを失った人たちと折り紙などで共に時間を過ごしていましたが、あの人たちの謙虚さや心の強さに感動しました。「私もそのような素敵な人になれたらいいな」と思って、前よりも日本への愛着が強くなりました。

 その後、名古屋の南山大学や京都の立命館大学でも日本語や社会のことを学びました。

 私はイタリアにも日本にも同じくらいの愛着を抱いていて、日本で働くことになって、夢が叶ったと思います。一宮市の国際交流員として両国間の友好関係を深めていきたいと思います。

 皆さま、町で私を見かけたら、是非声をかけてください。今までもらったやさしさなど、皆さまに返せたらと思います。

 これからの3年間、よろしくお願いいたします。

お別れのメッセージ

 みなさん、この時がやってきましたね。いま、手が震えながらこのメッセージを書いていますが、一宮市に初めて来たときにまさかこんなに早くこの時がやってくるなんて想像すらもしなかったです。考えるだけでゾッとします。私のお別れのメッセージ、これより続きます。
 とにかく、この一宮市で過ごした2年間半を振り返ってみると、「色々な人に感謝しないといけない」という言葉がとっさに思い浮かんできます。
 一宮市に到着した2019年のその真夏日は、私の人生の節目となりました。「個人的に成長とはなんですか」と聞かれたら、答えは間違えなくこの2年間半に違いありません。
 一宮市国際交流協会事務局で過ごした勤務時間、市内の学校訪問、国際交流協会のイベント、コロナ禍に入りユーチューバーになるしかないと思ったとき、ウェルカムひろば、本の読み聞かせやイングリッシュフリートーク、文化理解セミナー、イタリア語講座など、このすべてはこの2年間半の一部になりました。
 日ごろの色々な多忙な活動の中に紛れて見逃しがちだと思いますが、過去の自分と現在の自分、どれだけ違う人になっているかをはっきりと理解するため、一瞬その場で立ち止まって思考を巡らせることが大事だと思います。このように、3年前の私と今の私はどれほど違う人になっているか、どれほど成長しているか、どれほど人生を通して自分が目指している理想的なモデルに近づいているのかについて考えるといいかもしれません。
 この2年間半で成長を遂げたと思いますが、すべて自力の成果ではなかったと思います。その感謝の言葉は、まず、一宮市に来てからすぐ私を受け入れてくれた方々に捧げたいと思います。大変お世話になりました。
 その方々は、一宮市国際交流協会のみなさんや市役所のみなさん、一宮市国際交流協会のボランティアさんも全員です。
 人生に比べたら2年間半は本当に一瞬にしか見えないかもしれませんが、私にとっては絶大な価値を持った2年間半でした。
 ありがとうございました。
 21代目一宮市国際交流員として大した貢献はもたらせなかったと思いますが、いつも前向きにがんばったと思います。これから大好きな一宮市を離れることになると思いますが、心の一部はここに残したいと思います。幸いに日本という国との付き合いはまだまだ続きますので、いつでも一宮市に戻ることができると考えたら少しほっとします。
 みなさん、大変お世話になりました。
 わたしのこと、忘れないでください。

ロティビオ・カサンドラ/ニュージーランド (任期:2018年8月から2021年8月まで)

自己紹介

カサンドラ
一宮市は住みやすくて、今まで出会った
方々はあたたかいと思います。
気軽に”ドラ”と呼んでください。

私はフィリピンで生まれて、9歳の時から、父の仕事のおかげで中東のバーレーンに6年間住んでいました。(ところが、アラビア語は全然話せません。)その後、フィリピンに戻って、高校を卒業してからフィリピン大学で化学を専攻しました。それから、ニュージーランドのオークランドへ引っ越しすることになりました。

子どもの時、フィリピンで放送されている日本のアニメをたくさん見たのをきっかけに、日本に興味を持つようになりました。アニメを通して、少しずつ日本語の言葉を覚えられました。しかし、それだけで満足できませんでした。どうしても日本語を勉強したかったので、ニュージーランドの大学に入学して、日本語を専攻しました。そして、大学2年生の時、日本へ留学する機会を掴んで、1年間千葉県にある神田外語大学で必死に日本語を勉強しました。ニュージーランドに帰った後、また日本に戻りたいという気持ちが強かったです。


そして今年、一宮市の国際交流員として働くことになりました。このような機会は簡単に手に入りませんので、大事にしようと思います。できる限りニュージーランドという素晴らしい国について少しでも多くの方々に伝えていきたいと思います。また、日本にいるうちに、温泉に入ることや旅行をすることなどやりたいことがたくさんあります。


私は静かでまじめだとよく言われていますが、遠慮なく声をかけてください。

お別れのメッセージ

 皆さん、私の一宮市の国際交流員としての3年間の契約が終わり、ニュージーランドに帰国することになりました。
 3年間一宮市で培った様々な経験をずっと忘れません。一宮市で3年間とても充実した生活を送ることができました。市内の小・中学生にニュージーランドのことを紹介したり、国際交流イベントに参加したり、市民の皆さんといろいろな交流をしたりしました。子どもたちがニュージーランドに興味を持ってくれてうれしく思いました。そして、日本語と英語の翻訳はもちろん、たまに通訳もやりました。大きなスポーツイベントの手伝いができて光栄でした。また、一宮市国際交流協会が開催するイベントで市民や協会のボランティアとふれあうことができたおかげで、一宮のことをもっと好きになりました。
 国際交流員になって2年目の冬に、新型コロナウイルス感染症の感染拡大があって、大変でした。一時的に学校訪問が中止されて、多くの人が集まる交流イベントもできなくなりました。新しい企画として協会のYouTubeチャンネルが開設されて、動画を作成することになりました。
(よろしければ、協会のYouTubeチャンネルで私が作ったお別れの動画を見てください!)
 私は、一宮市を離れますが、ニュージーランドで頑張っていこうと思います。お世話になった皆さんに心から感謝しています。また会う日まで!

グリッロ・アレッサンドラ/イタリア (任期:2016年8月から2019年8月まで)

自己紹介

アレッサンドラ
一宮の友好都市、イタリア・トレビーゾ市出身。
27歳、160 cm、両親と姉の4人家族。
祭り、旅行、異文化の習慣、食べ物、ドラマが好き。

みんなに「どうして日本に興味をもったの?きっかけは?」という質問をよく聞かれます。

実は、私もよくわかりません!子どもの頃から家族とよく旅行しましたから、様々な国の文化や習慣に興味をもつようになりました。それがきっかけかどうかはわかりませんが、子どもの私には日本は遠くて面白そうで、なぜか気に入りましたので、中学のときに日本語を勉強することにしました。

ヴェネツィアのカ・フォスカリ大学で日本語を専攻して、大学時代に2回日本に留学しました。そのときはっきり分かりました。日本にいると幸せで、何にでもやる気が出るので、ここで生活してみようと決めました。帰国してから大学を卒業し、すぐ日本に戻って、日本語学校に通いながら仕事を始めました。

日本にいればいるほど、日本のことを自分の国と同じように感じますので、イタリアと日本がお互いに理解を深められるように力を入れたいと思っています。

これから国際交流員として小中学校で子どもたちにイタリアの文化や面白いところ、特徴を紹介したり、セミナーで一宮の市民のみなさんに観光地や食文化やワインのことなどをお話ししたりしたいです。それで一宮市の友好都市、トレビーゾ市との交流を進めてもっと深めたいと思います。

これから国際交流員としてだけではなく、一宮市民の一人としてもよろしくお願いいたします!

お別れのメッセージ

 みなさん、国際交流員としての3年がもう終わりました。

 この3年間にやったことがとても多くて、私も少しビックリしました。

 トレビーゾ市との交流は毎年どんどん深まっていて、トレビーゾ市を訪問した市民グループも毎年いましたし、今年はトレビーゾ市から、これからの学生交流のための下見をしにいらっしゃった先生もいましたし、いつも意味深い交流ができました。これからも交流が続いて、もっと関係が深まると期待しています。

 そして、セミナーを通じてイタリア文化を教えることもできて、みんなが楽しそうに参加して、少しでもイタリアのことを理解してもらえたと思うと嬉しいです。

 また、イタリア語講座も毎年やりました。イタリア語は複雑で例外が多いのに、参加者のみなさんは一生懸命勉強しました。いつかイタリアへの旅行で、習ったイタリア語を使えると良いですね。

 あと、一宮市の小学校、特別支援学校、一宮西高校を訪問し、イタリアのことや文化を紹介しながら楽しく交流して、非常に良い経験でした。

 3年間、様々なことがありましたが、全ては一宮のみなさんのお陰で楽しかったです。特に国際交流協会のボランティアさん、生涯学習課のみなさん、一宮でできた友達のおかげで、みなさんがいつもサポートしてくれたから、私は成長できたと思います。

 一宮での経験と知り合った方々を忘れずに、これからも頑張っていこうと思っています!

 この3年間本当にお世話になりました。心から感謝いたします。

 

ラッド・ジョナサン/ニュージーランド (任期:2017年8月から2018年4月まで)

自己紹介

ジョナサン
ニュージーランド クライストチャーチ出身
25歳
趣味:バイク、車、語学、英語を教えること
みんなに一言:3年間よろしくお願いします。

一宮市に来たばかりで、まだどこも分からないので、町をうろうろしている私を見かけたら是非話かけて下さい!今年は日本に来て通算3年目になります。2013年に1年間のワーキングホリデーで輸出入関係の仕事をして、2015年に1年間学生として東北大学に通いました。ワーキングホリデーの時は東京の三鷹市に住んで、埼玉までバイクで通勤しました。趣味がバイクなので、毎日バイクを2時間も乗って幸せでした!日本に興味を持ったきっかけは、実家がずっと前からホームステイとして留学生を受け入れていまして、色々な国の人の中で日本人の優しい、礼儀正しいところが目立ちまして日本の言葉も文化も勉強をしたくなりました。

東北大学の時に自動車部とバイク部に入っていたので仲間が出来たのですが、皆さん卒業して日本中に散らかってしまったから東北に戻っても居ないので、新しく愛知県でバイクと車の友達を作りたいと思います。将来的に日本に滞在する、ニュージーランドを代表する大使の仕事を目指しています。一宮市役所の国際交流員として働くのも大事な経験になると思います。ニュージーランドについての質問や相談がありましたら、是非いつでも気軽に一宮市国際交流協会までご連絡を下さい!よろしくお願いいたします。

フィンクルヴァーン・ロザンナ/ニュージーランド (任期:2014年8月から2017年8月まで)

自己紹介

ロザンナ
ニュージーランドの首都・ウェリントン市出身。
身長162cm、両親・兄・妹二人の6人家族。
音楽、動物、日本の方言、プリクラが好き。

私は兄の影響を受け、日本に興味を持つようになりました。高校に入ったばかりの兄の必死でひらがなを練習している姿がかっこよくて、当時の私の憧れでした。高校に入って選択授業として日本語を勉強し始めて、私も日本の文字や単語を覚えることに熱心になりました。それがとても楽しくて、日本で仕事がしてみたいという夢が生まれました。

2009年に名古屋の菊華高校に留学して、一年後ニュージーランド(NZ)に戻って大学で日本語と言語学を専攻しました。そして今年、幸いなことに一宮市の国際交流員の一人となり、夢が叶いました。

国際交流員としての目標は、私の母国であるNZがもっと知られ、愛されるようになることです。NZのいいところを伝えられるよう、頑張りたいと思っています。個人的な目標は日本料理が作れるようになることや、富士山に登ってみることなどいろいろあります。

少しシャイなところもあるのですが、打ち解けやすい性格を持っていると思いますので遠慮なく声をかけてください。

お別れのメッセージ

国際交流員としての3年間があっという間に終わりました。ここで過ごした時間は言葉にできないくらい素敵な経験でした。それは一宮市のみなさんのお陰だと強く感じています。

国際交流員として、たくさんの人とふれあうことができました。一宮市の小・中学校、そして特別支援学校を訪問し、ニュージーランド(NZ)の紹介を一生懸命聞いてくれる生徒に感心しました。文化セミナーでは市民のみなさんとNZのお菓子を作ったり、ワイン文化を試飲しながら紹介したり、方言やジェスチャーについて話したりして、たくさんの人といろいろな形でNZと日本の間で繋がりが作られたと思います。このような草の根交流をきっかけに、NZと日本がこれから更に仲良くなってくれると信じています。私がそれに少しでも役に立てたら、嬉しいです。

来日したときに書いた文章を振り返ってみると、「日本料理が作れるようになりたい、そして富士山に登ってみたい」とありましたが、つい先日富士山の頂点に立つことができ、私の目標を全て達成することができました!

たくさんの人、特に国際交流協会のボランティアさん、生涯学習課のみなさん、学校の先生や生徒、そして一宮でできた友達の応援があって、私は成長したと思います。

本当にお世話になりました。3年間、心の底からありがとうございました。

ダラ プリア・マッシモ/イタリア(任期:2015年8月から2016年3月まで)

自己紹介

マッシモ
イタリア北部、パドヴァ出身。
36歳、身長171cm。両親・妹の4人家族。
趣味はサッカー、音楽、語学。
温泉、カクテル、カレーが好き。

子どもの頃よく見た日本のアニメや日本製の優れた家電製品などに影響をうけましたが、日本に行くことなど意識していませんでした。しかし、2003年に初めて日本旅行した時に日本の文化の違いに驚き、ものすごく気に入りました。その上、まったく読めない漢字の美しさに魅了されて日本語の勉強を独自に始めました。2005年からは千葉県の日本語学校で18カ月学び、勉強のかたわら日本全国を旅して、その豊かな自然に感動しました。帰国後ヴェネツィア大学で日本語と中国語を専攻し、在学中に日本でイタリアのテレビ局のインターンシップを3カ月経験して2012年に卒業しました。

日本で時間を過ごせば過ごすほどもっと日本が好きになりました。同時に自分の国との習慣の違いを発見したおかげで、イタリア文化のしきたりの独創性を知りその大切さを実感することになりました。そして、静かな中にも利便性がある一宮市にやって来ました。

これから国際交流員として相互の国際理解に力を入れたいと思います。小学校訪問では子どもたちにイタリアの素敵な特徴を紹介し、セミナーでは一宮市民に観光地と食文化などの話しをしたいと思っています。そして一宮市の友好都市トレビーゾ市との交流を進めたいと思います。

私は見た目より性格が明るいので、一宮市内で私を見かけたら遠慮なく声をかけて下さい!

お別れのメッセージ

一宮のみなさん、こんにちは。ダラ プリア・マッシモです。

国際交流員として働いたことは、貴重な経験でした。国際交流のすばらしさは、自分の視野を広げると同時に、相手の視野を広げてもらうことに貢献できることだと感じました。

この貴重な仕事を断念することについては、本当に悩み、結論を出すことが難しかったですが、人生の大きな岐路に立った私は、次の一歩を踏み出すため、一宮を離れることにしました。

一人でアメリカのロサンゼルスに渡り、知り合いもいなくて最初の二ヶ月はものすごく大変でした。でも今はシリコンバレーで新しい仕事をしながら、少しずつ違う生活に慣れてきています。でもやっぱり、まだ日本の方が私に合うかなと思い込んでいます。友達にもいつも言われています 、「マッシモ、あなた半分日本人だね。なぜアメリカへ行ったの?」と。

一宮の市民のみなさん、とくにボランティアの方々と仲良くなって、一緒にイタリアの文化紹介を中心としたさまざまなイベントに参加したりしたことは、心に響く、忘れられない体験になりました。

学校訪問でイタリアの習慣とおもしろい話を子どもたちにしたら、大好評で、少しでも自分の国を理解してもらえたこともうれしかったですし、子どもたちと一緒に楽しい時間を過ごしたことも、心に刻まれたすばらしい経験だと思います。その中でも、特別支援学校への訪問は、一生忘れられない、とてもいい経験でした。この学校で働く人たちの熱心さを尊敬しています。また、この学校の生徒たちの明るさと大歓迎にも驚きました。

去年の8月からの8カ月、短い期間でしたが日本に来た価値は間違いなくあったと、いつも思っています。一宮のみなさんに心深く感謝しています。いつかまた必ず訪問しますから、その時はよろしくお願いします。料理のできない怪しいイタリア人と仲良くなっていただき、ありがとうございました!(笑)

ブライダ・ヴァレンティーナ/イタリア (任期:2012年10月から2015年8月まで)

自己紹介

ヴァレ
出身:イタリア・ブルゲーリオ市
趣味:バレーボール、音楽、ドラマ、カラオケ
家族:両親、弟

日本に興味を持ったきっかけは漫画でした。私の高校生時代はイタリア語で訳された日本の漫画は大ブームだったので、ほとんどのクラスメートも漫画を読んでいました。初めて読んだ漫画は「スラムダンク」でした。

ミラノ大学・大学院で5年間日本語を勉強してから、9カ月くらい渋谷の日本語学校で留学をしました。漢字の勉強は大変ですけど、面白いと思います。これからも、もっと漢字を覚えるように頑張りたいと思います。

日本のドラマと音楽が大好きで、大学生の時代は日本語の勉強にとても役に立ちました。とても楽しい練習でした。

料理が好きですが、あまり上手じゃないです。でも、子どものころ父にピザの作り方を教えてもらいましたから、ピザは上手にできます。日本食が大好きなので、日本料理を習いたいと思います。

少しシャイなところがありますが、フレンドリーな性格だと思います。だから、遠慮なくいろいろ声をかけてください。

お別れのメッセージ

一宮市での国際交流員としての3年間、市民の方々とは地域の祭り、イタリア紹介のセミナーを通して暖かく優しく交流できたことを喜んでいます。小中学校の先生・子どもたちに世界に興味を持ってもらい、頼もしく感じました。もっともっと外国に目を向けてもらえればうれしいです。そして身近な存在である、国際交流協会とボランティアのみなさんには、活動のサポートでお世話になり感謝いたします。

この3年間で一番の思い出は、トレビーゾ市との友好都市協定調印式に立ち会い、滅多にできない貴重な経験をしたことです。その後もイタリアフェア、トレビーゾフェアなどでイタリアの文化と習慣を紹介し続けてきました。協定のおかげで一宮とトレビーゾの柔道交流、中学生交流事業と、若い世代の交流に関わったことは有意義で心に残りました。小中学校での国際交流授業での子どもたちとの交流も思い出深く、もっと続けたいものでした。

一宮は静かで住みやすい街です。大都会でも田舎でもない特徴のない街とよく言われますが、決してそんなことはありません。人であふれる楽しい七夕まつりもありますよ。たくさんの知人や友人ができた一宮は、日本で一番好きな街です。できればこのまま一宮に住み続けたいと思っています。そして国際交流協会のボランティアとして、国際交流の発展のためにお手伝いしたいものです。

ライダー・ジャックリーン/ニュージーランド (任期:2011年8月から2014年8月まで)

自己紹介

ジャックリーン
出身:ニュージーランドの南島
趣味:日本文化、異文化、旅行、
映画を観ること、ダンス
家族:両親、弟

皆さん、「KIA・ORA!」(こんにちは!)。ニュージーランドのクライストチャーチから参りました国際交流員のライダー・ジャックリーンです。

私はニュージーランドのダニーデンで生まれましたが、1歳の時にインバカーギルと言うNZの最南端の街に引っ越ししたのです。インバカーギル市民は大変親しみやすいと全国で言われています。それから、13歳からの自宅はクライストチャーチ市になりました。クライストチャ―チは大自然な街で「ガーデン・シティ」としてよく知られています。

また、高校も大学もクライストチャーチ市内に なって、23歳までずっとクライストチャーチに住んでいました。しかしながら、18歳の頃に名古屋にある東邦高等学校で一年間留学することができました。はじめて生で聞いた日本語は名古屋弁でしたので、私が一番心地よい言葉は今でも名古屋弁だと思います。

はじめて日本に興味を持ったきっかけはNZの小学校の3年生の時、ある日本人の留学生がクラスに日本の文化や言葉等を紹介しに来てくれたということです。高校と大学で日本語の勉強を続けて「一期一会」と言う表現を習いました。それに大きく影響されました。人生に対して積極的な態度をとって何でも頑張ってみるという考え方が、その表現から私の頭から生まれました。

大阪に2年間住んだ後、2年間イギリスに住んでいました。一番興味深い趣味は旅行と異文化を勉強することです。様々な国を生で体験してからでないと実際の土地を理解できるわけではないと考えています。イランやトルクメニスタンやチベット等のニュースで知られる情報は事実ではなく、自らその国の民族と会話しないとその国のステレオタイプしか分からないと思います。

また、自分の国や文化をもっと深く理解するためにも、国際交流の活動が大事じゃないかと私は思います。一度外国にバックパッカーとして行ったら最後、本で異文化を知るだけでは満足できないと思います。

お別れのメッセージ

一宮市で過ごした3年間は、私にとって貴重な経験となりました。いつまでも忘れられない日々を過ごしました。一宮市民のみなさんが、ニュージーランド(NZ)人の私を同じ一人の市民としてあたたかく歓迎してくれたことを、心の底から感謝しています。とくに、国際交流協会のボランティアのみなさん、市役所の職員のみなさん、小中学校の先生、そして生徒のみなさんには本当にお世話になりました。3年間たくさんの人々との交流を通して、多くのことを学び成長できたと思います。

3年連続、びさいまつりでマオリ族の伝統文化を紹介したり、NZ文化理解セミナー等で市民のみなさんに母国について伝えたことや、自分の母校の小学校と一宮市の小学校の交流活動の企画(絵手紙の交換事業)を始めたほか、2014年7月には幼児を対象にした外国絵本の読み聞かせの異文化理解講座を実施しました。このような活動を通じて、一宮市にたくさんの友だちができたと思います。一宮のみなさんと自分の間の関係だけでなく、母国NZと日本の結びつきが、この先さらに強まることを期待しています。

これからも、私はNZと一宮市の「かけはし」として、一生懸命活躍したいと思います。一宮のみなさん、3年間本当にありがとうございました。NZまで遊びにきてね。待っています!!

スカラベッロ・グイド/イタリア (任期:2011年8月から2012年10月まで)

自己紹介

グイド
出身:イタリア・トレビーゾ市
趣味:映画、読書、ジム、料理
日本に来てビックリしたこと:
日本のクリスマスイブの過ごし方を
知って、「はあ!?バレンタインデー
か?」とビックリしました。イタリア人
として、「クリスマスは家族と一緒に
過ごすべきだ」というのが常識です。

皆さん、こんにちは!イタリアのトレビーゾから参りました国際交流員グイドです。サッカーにはあまり興味がありません。ワインもエスプレッソも飲みません。しかも、スーパーマリオみたいなひげもありません。それでも100%イタリア人!

子どもの頃日本のアニメが大好きでした。西洋アニメと比べると、質もよければ、内容も感動的だったからです。当時イタリアでは「デビルマン」、「アタックNo.1」、「未来少年コナン」などが数え切れないほど放送されていましたが、私も友達も熱狂的に見ていたのは、「キャプテン翼」です。サッカーの話のおかげでかもしれませんが、70・80年代に生まれたイタリア人にとっては世代的なアニメだといっても言い過ぎではないと思います。

高校生になった時、イタリアには日本漫画ブームがあって、漫画も読み始めました。それが、日本のことに興味を持つようになったきっかけで、日本文化をもっと知るためにVenezia大学で日本を勉強することにしました。専攻は日本語・日本文学でした。

卒業してから、6カ月京都に住んで、日本の小説を日本語で読み始めましたが、しかし今でも夏目漱石や森鴎外のような明治時代の作家はなかなか読みにくいと思います。やはり漢字が難しいのです。

2007年から2年間東京で留学していて、ずっと太宰治を研究していました。その頃は「寿司依存症」になりました。太宰治とは関係ないと思うのですが...(笑)

趣味はいろいろありますが、最近は映画を良く観ます。好きな監督は、クエンティン・タランティーノやキム・ジウンやスタンリー・キューブリックなどです。それから読書・ジム・料理なども好きです。もちろん日本文化にもまだ興味があります。日本のことや日本語を長い間勉強していましたが、わからないことがまだまだ沢山あります。

お別れのメッセージ

一宮で過ごした15カ月は、とても有意義な日々でした。国際交流員としての仕事は、小学校、中学校での学習交流、国際理解講座、友好都市との連携に関する仕事などがあり、それを通して、自分の国ではできなかったことをたくさん経験しました。

一宮市役所で学校訪問の準備をしたり、翻訳をしたりしていた日々、ウェルカムひろばで過ごした日曜日の午後、ニュージーランドの国際交流員と一緒に一生懸命準備していたダンス・セミナー、学校訪問の時の子どもの温かい歓迎、ジローラモさんのことを聞かれた数えられないほど多い場面、また、一宮でできた友達とお好み焼きを食べながら話をした居酒屋さん・・・。15カ月の思い出は次から次へと頭の中に浮かんできます。一宮ですばらしい時間を過ごし、思い出がいっぱい残っています。

何よりも一宮市の人々に感動しました。親切にしてくれて、多くのことを教えてくれた人々に心から感謝しています。皆さんのおかげで一宮市滞在中、素晴らしい経験ができました。本当にありがとうございました。

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このページに関するお問い合わせ

一宮市国際交流協会事務局(観光交流課 国際グループ)
〒491-8501 愛知県一宮市本町2丁目5番6号 一宮市役所本庁舎9階
電話:0586-85-7076 ファクス:0586-73-9135
お問い合わせは専用フォームをご利用ください。