令和元年7月17日報道発表 市指定文化財「黒岩祇園祭」開催のお知らせ

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ページID 1030151  更新日 2019年7月17日 印刷 

報道発表日 2019年7月17日

下記の日程で、一宮市指定無形民俗文化財「黒岩祇園祭」が開催されます。

日時

令和元年8月3日(土曜日) 午後7時~午後9時30分

場所

黒岩公民館周辺及び石刀神社境内(一宮市浅井町黒岩字石刀46)

内容

祭礼当日の夕方、「祇園囃子」を奏しながらの道行(みちゆき)が終わると、月の数である12個の提灯を神木へ縦に吊るし、半円球状に飾る提灯はハチノスへ挿していきます。周りには日数を表す365個の平提灯の他に役提灯、雨乞い提灯、献灯提灯、高張提灯を全部で550個を吊るします。山車内で囃子を奏しながら公民館から神社まで曳き、境内西で山車を大きく何回か回転させた後公民館まで戻り、提灯をおろします。そののち若者が大麦の麦稈(ばっかん)と竹で作った「オクリブネ」に提灯を付け、木曽川南派川まで担ぎ、疫神とともに流して祭礼は終了します。

歴史

黒岩祇園祭は、浅井町黒岩に鎮座する石刀神社の祭礼で、巻藁船のように提灯で飾った山車が出る祭礼です。   石刀神社は、『寛文村々覚書』葉栗郡黒岩村の項に、「天王社 社内七畝歩 前々除 村中支配」とあり、寛文年間(1661~1672)には天王社と称していたことがわかり、同神社と津島社との関係性を見出すことができます。  祭礼は、現在、8月の第1土曜日ですが、かつては旧暦6月15日にとり行われていました。その祭礼の由来は、伝承によると宝暦治水の際の犠牲者の霊を慰めるために始まったともいわれています。19世紀前半に高力猿猴庵種信が著した『懐中硯 葉栗一覧草』には「大川にて船祭り」という記述があり、川船で行われていた様子の一端を窺い知ることができます。木曽川流域の他村が船上で行う祭礼が、いわゆる「川祭り」であるのに対し、黒岩は川岸に船を繋留する土地を持たなかったため、「オカマツリ」となったと考えられています。かつて祭礼は堤防上の水神社で行われていました。堤防の高さが現在より低かった明治時代には、石刀神社前の堤防を東に宮田口へ、さらに水神社まで行き、神社前まで帰ってきたといわれています。山車は1輌で、構造は2層造り、屋根が唐破風の吹抜き、その上に提灯をつけるハチノスがあり、高さは15メートル、車輪は一木四輪の外輪で、舳先のように赤白の提灯をつけて船の形に見せています。このように、木曽川流域に広がる天王信仰と水神の信仰を色濃く残すことからも、一宮市域の民俗を考える上で重要な祭礼です。

黒岩公民館・石刀神社境内

名鉄バス名鉄一宮バスセンターから宮田本郷行き「河田黒岩」停留所下車すぐ

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