戦災復興から「ガチャマン」景気へ
ページID 1036425 更新日 2022年2月18日 印刷
- 昭和25(1950)年
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- 第5回国民体育大会を開催
- 競輪場が完成
- この頃から「ガチャマン景気」と呼ばれる繊維産業の好況が始まる
- 昭和26(1951)年
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- 伝達だよりを一宮広報と改称
- 尾張一宮駅ビルが完成
- 昭和28(1953)年
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- 戦災で焼失した真清田神社本殿を上棟
- 昭和30(1955)年
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- 隣接する8つの町村(丹陽村、浅井町、北方村、大和町、今伊勢町、奥町、萩原町、千秋村)と合併
人口は、それまでの9万4,240人から15万6,805人へと大幅に増加する - 尾西市市制施行
- 隣接する8つの町村(丹陽村、浅井町、北方村、大和町、今伊勢町、奥町、萩原町、千秋村)と合併
- 昭和31(1956)年
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- 第1回おりもの感謝祭一宮七夕まつりを開催
- 濃尾大橋が開通
- 昭和33(1958)年
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- 清掃工場が完成
- 尾西市庁舎(旧尾西庁舎西館)が完成
- 昭和34(1959)年
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- 伊勢湾台風により市と周辺市町村が被害を受け災害救助法が適用
その他の主なできごと
- 一宮市の主なできごと 旧・一宮市(昭和元年~29年)
- 一宮市の主なできごと 旧・一宮市(昭和30年~)
- 一宮市の主なできごと 旧・尾西市(昭和30年~)
- 一宮市の主なできごと 旧・木曽川町(昭和元年~29年)
- 一宮市の主なできごと 旧・木曽川町(昭和30年~)